5回目 M1-2010ジャルジャル漫才から考える即興性

私はリアルタイムで視聴していなかったのですが、最近たまたま2010年のジャルジャルの漫才をみて、とても驚いたので解説していきたいと思います。

 M1-2010ジャルジャル漫才

この大会でジャルジャルの漫才は賛否を巻き起こします。福徳がボケて、後藤がツッコむのですが、後藤のツッコミが気持ち早いという流れが3回繰り返されます。その後福徳にツッコミがはやいことを指摘されて、後藤が「何回も練習してるし」と発現します。それからさまざまなツッコミをためしていきます。この「何回も練習してる」という表現が数人の漫才師から反感を買ったとネットにありました。

次はリアルな反応、どんなボケもリアルなリアクションでかえしていきます。しかしこれも失敗におわり、最後はツッコミの頭文字だけで通じるのではないか、という流れになり、二人が頭文字を言い合うという流れになり終わります。

この漫才の何が革新的で、何が低評価につながったのかまとめていきます。

革新的なところ「優れた構成」

2000年のM1で当時名前が知られていない新人だった麒麟は、前半の漫才すべてをフリとして使い、後半にフリを回収する大胆な構成の漫才を披露し高得点を獲得しました。私は2005年ごろにこの漫才をみて衝撃を受けました。またのちのち落語の蒟蒻問答などを知り、お笑いというのは奥深いのだなと感心したことを覚えています。

昨今ではこのような前後半にわけた構成の漫才は珍しくなくなりました。ジャルジャルの2010年の漫才も漫才自体をフリとし、様々なツッコミをためしていくものとなっています。

サンキュータツオさんのブログにはこのような漫才をメタ化するネタというのは1回戦あたりに多いそうで、私はこの手のネタの失敗のパターンをみたことないのでなんともいえませんが、やはり構成力は非常にすぐれていると思います。私は漫才において構成というのはリズムを生み出す点において非常に重要なものだと考えています。歌にもAメロ、Bメロ、サビとあるように、漫才にも構成というものは笑いに大きくかかわっていると感じます。

最初からフルスロットルの漫才であると、このあとどうなるのだろう、このままこれがずっと続くのだろうか、など不安に陥ります。しかし優れた構成の漫才は今はAメロっぽい、ああ盛り上がってきたというような観客をリードするように機能していると思います。

2010のジャルジャルの漫才は4つのブロックで最適に構成されているといえるでしょう。

  • 1ブロック ツッコミが微妙に早い漫才(不安をあおる)
  • 2ブロック ツッコミを限りなくリアルにする漫才
  • 3ブロック ツッコミを頭文字だけにする漫才
  • 4ブロック 頭文字だけ漫才

ただこのフリ部分があまりに凡庸な漫才と指摘を受けてしまいました。個人的には不安をあおることで次の笑いのフリとなっている気がしたのですが、あまりにも不安をあおりすぎてしまったのかもしれません。ただ麒麟の漫才の不安のあおり方は半端なかったですが、あれは1回目だから新しさがあったと考えるべきでしょうか。

低評価につながったこと

このジャルジャルの漫才についてはいろいろなところで記事がまとめられていたので非常にまとめやすかったです。

まず審査員の渡辺正行は「ラストのパターンに行くための導入として、必要だったのだろうけど、基本的すぎる」と言っています。私は大きな不安として機能していたと感じたのですが、あれぐらいのスキルのツッコミは現実にあるし、フリとしては弱くなってしまったということが言えるかもしれません。

松本人志のコメントから考える「即興性」

松本人志は「これはねぇ、、、うーん、漫才と取っていいのかどうか、っていうのがちょっとありましたね。」とコメントを残しています。確かに「漫才の練習」というコントのようでもあるため、漫才というフォーマットを最大限に生かせていなかったということがいえるかもしれません。

サンキュータツオさんはこの漫才においては「漫才か、コントかの議論は意味をなさない」といっており、私も同意見でありました。サンドウィッチマンなんて完全にコントで優勝してますし。やはり結局ウケが弱かったとしかいいようがないのかもしれません。もしくは松本人志は別の違和感を感じてこのような発言にいたったようにも感じます。

私は漫才とコントの大きな違いは、漫才はより即興という可能性を観客に予感させるか、にかかっていると感じます。思わぬハプニングにも対応可能か、つまりまるで初めてやったような漫才にできるか、という点だと思います。かなり当たり前のことを言っていますが。

そう考えるとアンチャッチャブルやサンドウィッチマンなどの完全なコント漫才が、純然たる漫才として受け入れられた(聞いてはいませんが優勝しているので)のもこのポイントがあると思います。それらのコント漫才には観客に即興を予感させるものがいくつもあったということができると思います。たとえばダウンタウンの漫才も毎回毎回即興で形を変え、同じものは存在しません。

中田カウスの低得点から考える「即興性」

この漫才は中田カウスの採点は79点という低得点でした。ただ今田さんはコメントを振っていませんので真意のほどはわかりませんが、おおすじ先ほど説明した即興性に関する問題かと思います。

「ネタを練習している」など「即興性」自体をネタのなかで種明かししてしまったことが低得点の原因だとアメリカザリガニのユウキロックが指摘していますが、自分はもっと漫才の技法的なところでの得点のように感じます。

中田さんは「ネタを練習している」ことを前提として、それを忘れさせるぐらいの観客に即興を予感させる話芸を求めているような気がします。ジャルジャルの目指す完成は文字通りコントのように計算しつくされ完成した構成の漫才を目指しているようで、それは中田カウスの漫才観とは大きく異なると思います。

芸人の審査について

今回のネタは場外乱闘的にアメリカザリガニのユウキロックさんが「ジャンルを崩壊させる」「上にあげた審査員の問題」など指摘したり、ブラックマヨネーズの小杉さんが「あの漫才を何も知らへんで観たときに、『こいつらケンカ売っとるのか』って思ったのよ」というように、お笑いの世界ではタブーはないといっても、純然たる縦社会の上に成り立っているのだな、と感じました。ダウンタウンも横山やすしに「チンピラの立ち話」と説教されたこともありますね。

吉田「それは分かるよ。でも、そう思ってるんなら、やるべきじゃない、と思う。やるんやったら、漫才というスタイルに乗っかってやるしかしょうがない」

小杉「やらへんかったらエェのにって思うというのは、あの漫才を何も知らへんで観たときに、『こいつらケンカ売っとるのか』って思ったのよ」

吉田「漫才師は、そう思った方も多いと思いますよ」

小杉「漫才師で『医者やりたいねん』『ほな、やってみよか』って言ってるヤツのことを、こいつらバカにしてんのかって。だから、ジャルジャルの漫才を見た時、辛かったのよ。『ケンカ売ってきてるんかな』って思って」

http://numbers2007.blog123.fc2.com/blog-entry-1909.html

だからこそ中田カウスさんの審査にはグッときたというサンキュータツオさんには完全に同意見です。査員の審査が割れてこそM1の価値が生まれると感じます。

MCバトルではスタイルの違いから生まれる戦いを「スタイルウォーズ」と呼び、盛り上がる試合として認知されています。M1においてニッチなスタイルは困惑を呼ぶだけで、エンターテイメント化できてないなあと改めて感じました。

まとめ

M12010のジャルジャルの漫才は、優れた構成力で観客の笑いを巧みにリードした完成度の高い漫才でしたが、その完成度の高い構成は「即興を予感させる隙」がなく、多くの審査員が考える漫才と異なるものだったということができるかと思います。ただジャルジャルは今後優れた構成をつきつめていきます。

今回でM1とジャルジャルの漫才の論点のようなものが定まってきたように感じます。ジャルジャルの漫才は「構成力が非常に優れた漫才」である。それが旧来の漫才観とは合致しない部分があるということがわかってきました。

その旧来の漫才観というのが漫才を定義するものなのですが、それが非常に曖昧であるということ。ざっくりいうと「ふたり(または複数)がまるで即興のように掛け合う話芸」なのですが、即興でないことは暗黙の了解で即興っぽくみせるということ。

そう考えると(テレビにおいて)即興トークに移行した(ネタのストックがなくなっていかざるをえなくなった)ダウンタウンというものは非常に漫才の時系列のなかで重要な気がします。

個人的には、、、

ただ個人的には「コンビニの店員やりたいんだよね」というフリが当たり前のようになって、何組もの芸人が「コンビニの店員」をやりたい状態になって、だんだんとこのフリがコード化されてきて、導入へのフリが雑になっているような気がしていたのは確かです。「コンビニの店員やりたいんだよね」といえば観客は理解してくれるだろうという雰囲気があり、この頃コント漫才が非常に嫌いだったことを覚えています。「コンビニの店員やりたいんだよね」ってそもそもなんだよと、勝手にやってくれよ、と。

M-1グランプリ2010感想~「衝動と意識と英断」ジャルジャル

各ブロガーや芸人のコメントがまとめられています。

168~2010お笑いベストテン③

準決勝の審査員の一人、かわら長介氏。コント漫才のフリの違和感と、ジャルジャルのネタが語られています。

私が観たM-1グランプリ2010(2)各組所感 前編

サンキュータツオさんのブログ。「何を意図したか」「どうなったか」の2点に絞り、ニュートラルな立場で語っていてわかりやすく、一番わかりやすいと感じた。

ジャルジャルが語る「M-1での漫才への批判」

012年05月12日放送の「ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!」にて、ジャルジャル・後藤淳平、福徳秀介がゲスト出演、ブラマヨが『こいつらケンカ売っとるのか』って思ったという場面も。

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