園̪子温『東京ヴァンパイアホテル ドラマ版』世界の突破について

園子音の東京ヴァンパイヤホテルを観た。おもしろかった、いやつまらなかった、という人の気持ちもわからなくはない、作品としての完成度はきわめて低いかもしれない。でも個人的にはおもしろかった。なぜ作品としての完成度が極めて低いのにおもしろかったのかというと、まあファンのひいきという点もあるのかもしれない。しかし園子音であっても「ラブ&ピース」は失敗作だと思うので、ひいき以外のなにかはあるのだと思う。

作品としての完成度が極めて低いのにおもしろかったのかというと、これを映画としてまとめるという話をきいていたからであると思う。映画用に撮影したものをドラマ形式にしたら失敗した、という程度のものだと思っている。つまり映画とドラマの違いが明るみになった点で面白かったな、と思った。

つまり作品としての完成度が低いのは映画用の映像を無理やりドラマにしたから、と思っている。それは映画をみてみないとわからない。ここから映画になったらおもしろいんじゃないかな、と思う理由を上げていく。ひとつは世界の構造を描くダイナミクスさがある。園作品の作品のなかには「世界の突破」をテーマとした作品があるのではないかと感じている。「現実の世界⇔外の世界」という構造を描き、そこから突破する人々を描く。リアル鬼ごっこでは「ゲームの登場人物」がゲームの外へ飛び出す構造であったり、アンチポルノではキャラとして演じていた女優から、本来の自分へ戻ることができなくなる女性であったりである。最もの身近な「世界の突破」として家族を描いているように感じる。家族というものは生まれた頃からあって、疑うことが難しいからだ。

東京ヴァンパイヤホテルでも世界が構築され、ある人間が突破を試みるのだが、そのパートはとてもイノセンスで、かなりいいシーンだと感じる。そして突破の先にあるのはそれぞれの日常しかない、ということを示唆していて。個人的には絶望しかないのだが、どう思うかは見て確認してもらいたい。

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