「なるようになる」から「なるようにしかならない」へ

「なるようになる」という人を見かけるが、私は「なるようになる」と考えていたら「なるようにしかならない」と考えるようになった。

園子温の監督作品を観ていると「あらかじめ決められた運命」というテーマがあることがわかる。すべての運命は決まっていて、そうであるのなら、あらかじめ決められた運命から解放されるよう最善をつくそう、というメッセージがある、と読み取っているのは私だけかもしれないが。

「あらかじめ決められた運命」の思想を人に話すと、そんなことは絶対にないと反論されることがある。勿論私も「あらかじめ決められた運命」などあるはずがないと思っている。世の中何が起こるかわからない。

しかし例えば18万円の収入の会社に勤めている人は、自分で環境を変えるなり、給与を上げるためい努力するなどしないと、その収入は変わらない。世の中何が起こるかわからない上に、自分の人生が変わる確率も低い。そうゆう人は「世の中何が起こるかわからない」にかけるため宝くじなどを購入するだろう。

「世の中何が起こるかわからない」にも種類があることがわかる。例えばあそこの木にとまっている鳥はどこに跳ぶかわからない。

自分の人生は「あらかじめ決められた運命」のなかにある、と考えるといろいろな行動を起こすモチベーションになる。例えば私は、ふつうに生きれば、田舎に帰って、賃金があまり高いとはいえないどこかの会社に勤めるだろう。そう考えてしまうのは今までのホメオスタシスが影響しているのかもしれない。

「何が起こるかわからない」と考えているからこそ「あらかじめ決められた運命」を変えようと行動を起こすことができるのだと思う。

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